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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)951号 判決 1981年2月27日

控訴人 松井勘兵衛

右訴訟代理人弁護士 藤修

被控訴人 鶴間吉

右訴訟代理人弁護士 半田和朗

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金二〇二五万円及びこれに対する昭和五五年一月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

本判決主文第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二八二五万円及びこれに対する昭和五五年一月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加・訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(訂正)

原判決二枚目表五、六行目を「二 控訴人は昭和五二年九月二〇日訴外太雄(以下、太雄建設ともいう。)に対する五六五〇万円の債務の弁済に代えて控訴人所有の別紙目録記載の土地の所有権を太雄建設に譲渡し、同月二一日その所有権移転登記を経由した。」と、同一三行目の「遅延損害金」を「利息」とそれぞれ改める。

(被控訴人の主張)

仮に控訴人がその主張のように太雄建設に対し代物弁済したとしても、控訴人は右事実を被控訴人に通知しなかったので、被控訴人は免責を得た事実を全く知らずに、太雄建設に対し昭和五二年一二月二九日二〇〇万円を弁済し、また被控訴人の息子の鶴間乕次(以下、乕次という)も被控訴人の債務のうち八〇〇万円につき債務引受をして、昭和五四年九月二九日までに同金額を太雄建設に弁済した。よって、被控訴人及び乕次のなした右各弁済は民法四四三条二項により有効である。

(控訴人の主張)

被控訴人の前記主張は争う。

控訴人は前記代物弁済をなすに当り事前の昭和五二年九月一〇日及び事後の同月二五日にそれぞれ右事実を被控訴人に通知した。のみならず、控訴人が右代物弁済をなすに至ったのは、太雄建設から厳しい請求を受けた被控訴人ができるだけ控訴人の方で解決して貰いたい旨要請したからであり、しかも、被控訴人と逐一相談のうえなしたものであるから、被控訴人が右代物弁済の事実を知らぬ筈はない。また、被控訴人主張の太雄建設に対する弁済は、太雄建設が被控訴人及び乕次の詐欺事件について刑事上の責任を追及しないことを約した代償としてなされたものであって、前記五六五〇万円の債務とは何らの関係もない。

(証拠)《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  太雄建設は、関西電力株式会社に対する線下補償金要求の交渉費用として、控訴人及び被控訴人に対し合計五六五〇万円を支出した(太雄建設が五六五〇万円を支出したことは当事者間に争いがない。)が、右交渉が失敗に終り、関西電力株式会社から補償金を得ることができなかったため、右と同額の損失を被った。

2  そこで、太雄建設の右損失補償のため、昭和五一年九月八日控訴人と被控訴人とが連帯して太雄建設に対し五六五〇万円を昭和五二年六月三〇日限り支払うことを約し(以下、本件債務ともいう。)、同日横浜地方法務局所属公証人岡本二郎役場において右の趣旨及び執行受諾等を記載した公正証書が作成された(右公正証書が作成されたことは当事者間に争いがない。)。なお、控訴人と被控訴人との負担割合は平等とすることが合意された。

3  控訴人は、昭和五二年九月二〇日太雄建設に対し、本件債務全額の弁済に代えて控訴人所有の別紙目録記載の土地の所有権を譲渡し、翌二一日その旨の所有権移転登記を経由したところ、右登記の経由直後に太雄建設から、前記公正証書の控訴人に対する執行正本(甲第一号証)の交付を受けた。

もっとも、成立に争いのない乙第八号証中には、太雄建設は前記土地を控訴人に対する八〇〇〇万円の債権(前記五六五〇万円の債権と昭和五一年七月一八日付契約に基く二三五〇万円の損失補償金債権との合計)の一部の代物弁済として譲受けた旨の記載があるが、右乙号証は太雄建設の側で一方的に作成された書面であること、前記執行正本(甲第一号証)が前記土地所有権移転登記の経由直後に太雄建設から控訴人に交付されていること、並びに《証拠省略》中には右二三五〇万円の債権がともに前記代物弁済の対象となっていたことに関するものがないことに照して、乙第八号証の右記載部分はにわかに措信し難く、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本件債務全額は前記代物弁済によって昭和五二年九月二一日に消滅し、控訴人は被控訴人の負担部分二八二五万円についても共同の免責を得たものというべきである。

二  《証拠省略》を総合すると、控訴人が前記代物弁済の事実を事後においても被控訴人に通知しなかったため、太雄建設から請求を受けた被控訴人は、右代物弁済による免責の事実を知らずに、昭和五二年一二月二九日本件債務の弁済として太雄建設に二〇〇万円を支払い、また、被控訴人の病気のため昭和五三年一二月中頃から同人に代って太雄建設と本件債務についての交渉に当って来た被控訴人の息子である乕次は、太雄建設の請求により昭和五四年五月三一日本件債務のうち八〇〇万円の債務を引受け、右同日と同年九月二九日に各四〇〇万円を太雄建設に支払ったことが認められる。

控訴人は前記代物弁済の際に事前事後とも被控訴人にその旨通知した旨主張し、《証拠省略》は、控訴人による前記代物弁済は被控訴人の要請によるものであった旨、右控訴本人は右代物弁済の事実を昭和五二年九月二五日被控訴人に電話で通知した旨それぞれほぼ右主張に副うような供述をするが、右各供述は《証拠省略》に照して措信し難く、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、乕次と被控訴人との身分関係、乕次が八〇〇万円を支払うに至った経緯等を考えると、連帯債務者間の求償関係である本件においては、乕次の右弁済も被控訴人による弁済と同視するのが相当である。

三  そこで、被控訴人による二〇〇万円の弁済及び乕次による八〇〇万円の弁済は、いずれも、控訴人による代物弁済と二重弁済となったものであるが、これにより通知を怠った控訴人は民法四四三条による求償権の制限を受けるかどうかについて判断する。

先ず、《証拠省略》によると、被控訴人が前記二〇〇万円を支払うに当り事前に控訴人に通知しなかったことが認められるから、連帯債務者である控訴人・被控訴人の双方に二〇〇万円の二重弁済について過失があったものであり、かような場合には民法四四三条一、二項ともに適用がなく、一般の原則に従い、先になされた控訴人による代物弁済のみが有効であって、被控訴人による二〇〇万円の弁済は控訴人に対する関係では無効であるというべきである。

次に、《証拠省略》によると、被控訴人が昭和五三年一二月中頃前記公正証書の謄本の送達を受けて控訴人に連絡しようとしたが、控訴人方に電話が通じず、控訴人の知合いである藤弁護士に電話したところ、控訴人は東京に居るがその所在は判らないとのことであり、また控訴人の住所地である彦根市役所に照会してみても控訴人の住所は判らないという返事であって、結局控訴人と連絡がとれなかったので、やむなく控訴人に通知しないまま、前記八〇〇万円を支払ったことが認められ、右事実によれば、乕次が右弁済について事前の通知をしなかったことは、その過失に基くものではないから、事前の通知を怠ったものということはできない。従って、八〇〇万円の二重弁済については、被控訴人側に過失がないから、民法四四三条二項により乕次による八〇〇万円の弁済を有効とすべきであり、この限度において、控訴人は被控訴人に求償することが許されないものである。

四  以上によると、控訴人は前記代物弁済により被控訴人の負担部分である二八二五万円についても共同の免責を得たが、乕次による八〇〇万円の弁済は有効というべきであるから、控訴人が被控訴人に対して求償できるのは、二八二五万円から右八〇〇万円を控除した二〇二五万円ということとなる。従って控訴人の請求は、二〇二五万円及びこれに対する共同の免責を得た後である昭和五五年一月九日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による利息の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

そうすると、右と結論を異にする原判決は相当でなく本件控訴は一部理由があるから、民訴法三八六条により原判決を主文第二ないし第四項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲西二郎 裁判官 林義一 大出晃之)

<以下省略>

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